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ヴァイオリン

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  著者所有のチャールズ&サミュエル・ トンプソンのヴァイオリン(イギリス、18世紀後半?)  いわゆるクラシカルヴァイオリンと呼ばれる楽器を10年前に入手し、時々弾き散らかして遊んでいたのですが、弓で弾く楽器の勝手が分からないので思うように弾けません。この「勝手が分からない」ということが独学の妨げにもなっていると感じ、他の楽器を一時弾く(吹く)のを止めて、楽器の扱いを学ぶため最近になってレッスンに足を運んでいます。  教材は18世紀のロンドンで出版された ジェミニアーニのヴァイオリン教本 です。同時期にドイツで出版されたL.モーツァルトの教本は有名ですが、私はドイツ語が読めません。イギリスにはジェミニアーニの教本があるのですから、18世紀イギリスの音楽(かつ、一般的な音楽愛好家を想定)に絞っている私のような人間には、わざわざ読む必要はない(当時のイギリスで出版された形跡もないし)でしょう。それに個人的にL.モーツァルトのやり方、例えば彼が推奨する楽器を顎で挟んで構える(身体のあちこちが痛くなるし、耳元で楽器が鳴るので煩くて仕方ない)のが合わないからでもあるのですが。  さて、ジェミニアーニは左手の運指について弓を使わずに行うよう書いています。音を出さないので音程の確認はできないのですが、これは実に良い。この楽器を始めた頃というものは、楽器の構えに左手の運指、右手の弓の扱いなどいろいろなことに気を使わないといけない。その状態でさらに音程がどうかということにも神経を回さなければいけませんが、余裕などありません。 弓を使わずに運指の練習。ジェミニアーニは「不愉快かもしれないが」と書いているが...  まずは、弓で開放弦だけ弾く、左手は弓を使わず押さえるだけ、右手と左手を使うのは少しだけで深入りしない...という感じ。レッスンは週一回一時間で換算すると2か月ちょっとの短期間です。目標はきらきら星やGot Save The Kingが弾けるくらいが目標です。楽しく、のんびりいきましょう。

譲ります/6弦ギター

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  6弦ギター(ロングマン?・1800年ころ、イギリス)/40万円(送料別)  メーカーの銘はありませんが、イギリスのロングマンのものと思われる6弦ギターです。6弦の楽器としては初期のものであり貴重。現状は通常のギターと同じ調弦にしてありますが、 この時期のギターは当時流行していたハープギターやハープリュート のようにオープンC調弦を施して、それらの曲を弾くことも行われました。 ブリッジには特徴的なムスターシュ。 フレットは象牙製、ヘッドにはペグ穴が8本開いています。ブリッジには穴が6個しかなく、交換された形跡がないので、元からそういう仕様だと思われます。  イギリスの6弦ギターといえばパノルモの楽器が有名ですが、パノルモとも、また19世紀のギターとも異なるキャラクターを持った楽器です。同時代のコフィンケース(※)とソルのギター教本のファクシミリを付属します。送料は実費となりますが、手渡しが可能な場合はサービスいたします。  興味のある方はブログの連絡フォームよりご連絡ください。 ※コフィンケースは経年変化のため傷や一部割れがありますが、楽器の保管には問題ありません。やや重く持ち手が小ぶりのため携帯には別途セミハードケースなどを用意したほうがいいかも知れません。 【注意】 オリジナルのアーリーギターのヘッドをマシン式に換装したり、フレットを打ち直したり、本体のニスを塗りなおすようなことを行われることがありますが、それらは本来不要な行為であり、貴重なオリジナルの要素を損なう(そして、損なわれたものは元通りにすることが実質的に不可能)ものです。オリジナルの古楽器は楽器であると同時に長い年月を耐え抜き現代に伝わった貴重な文化財であり、オーナーは責任をもって次世代に引き継ぐべきものであることを考えるなら、そのような行為は文化財の破壊行為であり厳に慎むべきことと考えます。そのため、本楽器はその点を十分に理解できる方にのみお譲りするものとします。

〇〇古楽=非古楽

  トラッド音楽やポピュラー音楽などの要素を取り入れて「○○古楽」を名乗ることがありますが、結論から申し上げれば、それらはすべて古楽ではない。古楽は当時の音楽がどのようなものであったかを探求し、当時のやり方で楽しむことです。○○古楽は、古楽器(と自称するもの)、あるいは18世紀以前の作品を扱うことを、その主張の拠り所としているように見えるが、それは根拠不十分であり、古楽を名乗る資格を全くもっていない、と断言できましょう。  古楽器を使っていれば古楽なのか?ここでは、楽器の仕様や、20世紀の作品も古楽の領域に入ることはとりあえず脇に置いておきましょう。古楽器は「その作品が書かれたか出版された時代の楽器」です。古楽器を使ってビートルズやジブリ、ディズニーなどのアニメ音楽、ゲーム音楽、新たに作曲された作品を「古楽器」で演奏する...現代の作品は言うまでもなく過去に書かれた作品ではありませんし、「新作」が例えば18世紀イタリアの仕様の楽器を想定して書いたとしても、古楽が過去の作品を対象とした探求ですから、その作品は現代の音楽(過去というのはどこまでを指しているのか、それは視点によって様々に考えることができますが、私はガット弦がまだ使われており、楽器の仕様や奏法が19世紀以前の名残がまだ強かったと思われる20世紀の第二次世界大戦前が最も新しい時代と考えます)でしょう。それに、単に古楽器を使ったからと言って古楽を名乗れることは不自然なことです。もともとクラシック音楽の楽器であったピアノでポップスやジャズを弾いたとしましょう。それはクラシックではありませんよね。ヴァイオリンやトランペットは?もちろん、それらはクラシックの楽器を使っただけでクラシックではありません。また別の例えになりますが、いわゆるクラシックの巨匠が演奏したバッハやモーツァルト、ベートーヴェンは「古楽」とは大体の場合みなされませんよね?それはあくまでもクラシック音楽です。  過去の音楽を古楽器以外で演奏した場合はどうなのでしょうか?ちょっと昔にはボカロ古楽というものがありました(今もあるのかもしれません)。音声合成技術を使って、例えばタリスやバードの合唱曲を打ち込んだものです。音声合成技術は当時の音楽や文化には全く関連性がありません。そもそも人が演奏していない。それは音声合成技術を使った音楽ジャンルに含まれ...

よい音

  モダン楽器に限らず古楽器でも、「良い音」が話題になることがあります。どういう音がよいのか、こういう音がいい、そういう音はよくない、などなど。演奏の評論でも「演奏はよかったが、楽器はよくない」と書かれたものを目にしたこともあります。しかし、おかしな話ですよね?多くの人は「当時の楽器を、当時の奏法とセッティングで、その時代の文化的背景や価値観を踏まえての演奏」の経験や知識が乏しいのに...  良し悪しを判断するには、対象を正しく理解していなければなりません。理解が十分でない場合に「あれはいい、これはよくない」と言うことは、それはただ「自分は好きだ、好きではない」と言っているに過ぎません。実際、ご本人は評価しているつもりでも、ただ自分の趣味に合わないかどうかということを言葉を変えて言っているだけ、ということが多いように感じます。  人によって趣味が異なるのですから、個人の趣味について異議を申し立ててもどうしようもありませんが、「(正しい知識と経験に基づいて)評価する」ことと「(知識と価値の内容に関係なく自分の価値観で)感想を言っている」ことは区別しなければなりません。もしある音楽や楽器について評価を下そうとするなら、評価する者は正しい知識と経験が十分に期待されているのですから、そこには責任も伴うでしょう。もし不当な評価を下したなら、誹謗中傷ではない限りにおいて、批判されることは免れないと思います。それは評価という行為に対して向けられる、つまり行為が問題になっているので、何も知らない子供でもなければプロかどうかも関係はないでしょう。  私たちは何事においても、何かと良し悪しを決めたがる傾向が少なくないように思います。同時に、自分がよいと思っているものをさらに良いものに見せるために、それを利用することすらあるのではないでしょうか(それは軽率であり、厳に慎まなければならないと思います)。そういうことをするのではなく、正しい知識と経験をゆっくり身に着けていき、音楽と楽しき関わりながら人生を謳歌することのほうが遥かに大切ではないでしょうか。  最後に、今と昔では価値観が違います。今の基準で判断するということ自体、実は誤った行為だと思います。古楽は現代とは違う価値観や美学に触れ、その違いに驚き、なるべく当時の価値観で理解して、それを楽しむということが大切だと思います。現代...

誠実であること

  学問の世界は日進月歩ですが、古楽の世界も同様です。日本に居て日本語で書かれた情報にばかり接していると分からないものですが、新しい資料の発見や研究成果により音楽の世界は日々更新されています。例えば、18世紀のワイマールでは金属弦の撥弦楽器バンドーラがよく使われていたらしいこと、18世紀イギリスにおいてかつては”最後のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者”と呼ばれたアーベル亡き後も、ヴィオラ・ダ・ガンバは弾かれ続けた(しかも、アーベルがプロフェッショナルな最後のガンバ奏者でもない)こと、今までオリジナルと思われていた楽器が19世紀の贋作だったことなどなど...  研究の最先端にいる専門家、"真の古楽奏者"は、もし自分の考えが誤っていたら躊躇なく訂正しつつ、「当時の音楽はどのようなものであったか」ということを追い求め続けます(それはよく誤解されるのですが「当時の演奏を再現する」というわけでは決してありません。ましてや現代の感覚で「あれは良い、これは悪い」などと決めたり、自分にとって都合が悪いことを無視し、逆に都合が良いことだけをかき集めて"捏造"するのでもありません!)。  古楽は、当時の文化や哲学、美学などを理解し、当時のやり方で音楽に取り組む、ということだと私は思います。それは当時の発想の範囲で即興をするという創造的行為や、当時存在していた多くの可能性の中から選択する自由も含まれています。それは多くの人が思うような教条的なものではなく自由な世界です。これらは行為の問題というよりは態度の問題であり、当時の音楽に対してどれだけ誠実な態度でいるかということであると思います。話題に走ったり、自分はこう学んだからと言って間違ったことを墨守することではありません。音楽を生業にしているとはいえ商売のダシにするのでもなく、「自由」を誤用して「古楽」の名を冠し古楽器で流行りの音楽を演奏したり、音声合成技術を使って昔の音楽を演奏する(それは当時の音楽と何もかかわりがない時点で古楽ではないのですから、古楽を名乗ってはいけないでしょう。それは欺瞞です)のは論外です。当時存在しなかった仕様の楽器を古楽器と称するのも、やってはならないこと(なら、昔の演奏はどうなのかといえば、当時可能な限り調査・研究し実践可能な範囲での結果なら、それは尊重するべきでしょう。そうでは...

安い

  メーカーによりますが、古楽器のレプリカをオーダーした場合の金額は、例えばルネサンスリュートやバロックギターなら50~60万くらい、6弦のバス・ヴィオラ・ダ・ガンバなら100万、フラウト・トラヴェルソなら20万~40万くらいでしょうか。大概はケースはオプションであり、遠方ないし海外のメーカーなら送料が掛かります。ハープシコードなどの鍵盤楽器のような大型の楽器であれば、楽器の価格も送料もそれなりに嵩むものとなるでしょうか。  こういう話をすると「高い」とか「もっと安いのがいい」という声をまあまあ聞きます。ご本人の懐事情もあるのでしょうが、これはよく考えないといけません。「安い」ということには何かしら理由があり、どこかで誰かがしわ寄せを受けるものです。古楽器は手工品ですから、一年間に作れる台数は限られます。それにメーカーにも私たちと同様に生活があるのですが、人並みの暮らしをしようとするなら前記の価格でも安いくらい。本当はもっと高くないとやっていけないでしょう。そういう状況で価格を安くするというのはメーカーに対して「霞を食っていろ」と言っているのに等しいのではないでしょうか。  以前から中国製やパキスタン製のリュートなどが出回るようになりました。それらは一般のメーカーよりも安く、一見すると悪くはないように見えます。けれども、それは当時の音楽や楽器をよく知らない人達がマニュアルに基づいて作っているもので、どんなに工作精度が高くても、どこかに「足りない」ところがあります。それは些細なことではなく、当時の音楽に取り組む上で必ず限界を迎えます。そういう安い楽器ばかり買い求めるという風潮は、「 悪貨は良貨を駆逐する 」という言葉が示す通り、真っ当なメーカーの経営を圧迫し、いずれは古楽器を作る人が減っていき、ついには世界中から消えてしまうかも知れず、文化のためにもよくはないでしょう。  正当な仕事には相応の対価を支払う、それができない人は古楽器を手にしてはいけないと私は思います。安月給で社員をこき使うようなブラック企業のような態度は絶対にいけません。お金に頓着せず、楽器の購入も含めて相当のお金(と時間)がかけられる人だけが、古楽器をやる資格があると思いますし、そうではない人は古楽器をやらないほうが当人のためにも良いと思います。世の中には古楽以外にも様々な音楽や、音楽以外の趣...

18世紀イギリスのテナー・ヴァイオルに関するメモ

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ヴィオラ・ダ・ガンバを持つ若者の肖像 (Jan Verkolje, Public domain, via Wikimedia Commons) ウィリアム・ピアソン(ca.1671-1735)の「The Compleat Musick-Master」に言及あり。初版は1704年で、1722年の第3版も同様。 フレデリック・ヒンツ(1711-1772)がロンドンにおいてバス・ヴァイオルのほか、アルトやテナー・ヴァイオルを制作・販売していた。 キリスト教のモラヴィア兄弟団は礼拝にシターンや小型のヴァイオルを用いていた。 18世紀イギリスにおいてヴァイオル・コンソートが演奏されていた形跡は現時点でなし。 アン・フォードやカール・フリードリヒ・アーベル、アーベルの弟子がヴァイオルを演奏していたが、当時のイギリスにおいてヴァイオルは珍しい楽器、エキゾチックな楽器と考えられていた。 イギリスの音楽学者Peter Holman氏によると、アルトやテナーサイズの小型のヴァイオルは、現代のハーフサイズ、3/4サイズのチェロのようなものではないか?とのこと。 ※Boydell Press出版、Peter Holman著『Life After Death: The Viola da Gamba in Britain from Purcell to Dolmetsch』、P147-148より。 漠然と思うこと  テノール・ヴァイオルが指定された曲集は確認できていないが、礼拝音楽の伴奏以外では他の楽器の曲や、楽器指定がない曲を弾いていた?  音域は(6弦)バスと異なるが、その広さは同じ。最低音はG2まである。もっとも、それほど低い音がなくても通奏低音は成立するから、最低音や音域はあまり関係ないか。  バスとして使われたと思われるヒンツのテノール・ヴァイオルには鉄製のフレットが当初から備えていたものがある。巻き弦も使ってバス・ヴァイオルと同じ音域にセッティングしたのか。