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18世紀イギリスのテナー・ヴァイオルに関するメモ

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ヴィオラ・ダ・ガンバを持つ若者の肖像 (Jan Verkolje, Public domain, via Wikimedia Commons) ウィリアム・ピアソン(ca.1671-1735)の「The Compleat Musick-Master」に言及あり。初版は1704年で、1722年の第3版も同様。 フレデリック・ヒンツ(1711-1772)がロンドンにおいてバス・ヴァイオルのほか、アルトやテナー・ヴァイオルを制作・販売していた。 キリスト教のモラヴィア兄弟団は礼拝にシターンや小型のヴァイオルを用いていた。 18世紀イギリスにおいてヴァイオル・コンソートが演奏されていた形跡は現時点でなし。 アン・フォードやカール・フリードリヒ・アーベル、アーベルの弟子がヴァイオルを演奏していたが、当時のイギリスにおいてヴァイオルは珍しい楽器、エキゾチックな楽器と考えられていた。 イギリスの音楽学者Peter Holman氏によると、アルトやテナーサイズの小型のヴァイオルは、現代のハーフサイズ、3/4サイズのチェロのようなものではないか?とのこと。 ※Boydell Press出版、Peter Holman著『Life After Death: The Viola da Gamba in Britain from Purcell to Dolmetsch』、P147-148より。 漠然と思うこと  テノール・ヴァイオルが指定された曲集は確認できていないが、礼拝音楽の伴奏以外では他の楽器の曲や、楽器指定がない曲を弾いていた?  音域は(6弦)バスと異なるが、その広さは同じ。最低音はG2まである。もっとも、それほど低い音がなくても通奏低音は成立するから、最低音や音域はあまり関係ないか。  バスとして使われたと思われるヒンツのテノール・ヴァイオルには鉄製のフレットが当初から備えていたものがある。巻き弦も使ってバス・ヴァイオルと同じ音域にセッティングしたのか。

18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ(その2)

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  ボストン美術館所蔵の様々なサイズのヴィオラ・ダ・ガンバ(By Pacamah - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=141993216)  以前からヴィオラ・ダ・ガンバの入手を考えていましたが、それは6弦のバスでした。私は18世紀のイギリス音楽が好きであり、語学の問題と、私の性質―限られた領域に専念しなければ気が済まず、あまり色々と手を広げることが嫌い、めんどくさがり屋、不器用、置き場所等々―の要請から、やはりそれは18世紀のイギリスに関係し、扱いが容易である必要があります。6弦のバスは、7弦のバスよりもとっつき易いように思われ、ソロにもアンサンブルにも使えます。レパートリーは7弦の曲をちょっとした工夫で弾くことができるものもあるのですが、7弦の楽器は現れた後もずっと6弦の楽器が作られ続けたことから、それはひょっとするとヒストリカルなアプローチでもあるように思われます。フランスのヴィオル(ヴィオラ・ダ・ガンバの仏語名。英語だとヴァイオル)曲は18世紀にイギリスへ輸入されていたようですし、時代は少し遡りますが、サント=コロンブの息子ジャンは渡英してダラムで活動していましたから、イギリスにも十分関係しています。また、ドイツから渡英してバッハの末息子クリスティアンと組んで活躍したアーベル、さらに彼の弟子の作品も6弦で演奏できるものがあります。それらのことを考えると、バロックリュートにおける11コースのように、6弦のバス・ヴィオラ・ダ・ガンバは7弦よりも扱いやすく、汎用性もあり、ヴィオラ・ダ・ガンバという楽器の中ではベスト・チョイスのように思われます。  しかし、実際にはそうでもない(少なくとも私にとっては)のでした。  まず、楽器が大きいこと。小さめの楽器でもバスくらいの大きさの楽器を脚に挟み、弦を押さえるのはちょっとしんどいものがあります。ハードケースに収納すると結構嵩張り、パッと見ると小学生低学年くらいの存在感があります。私はすでに多く楽器を所有しているので、さすがにこれほどの大きさの楽器を保管するのは避けたいというか、邪魔です。  次に、低音が響きすぎること。コンサートやセッションで接したときのバスの響きを思い返してみると結構デカく響きます。ソロ...

18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ

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様々なサイズのヴィオラ・ダ・ガンバ(Michael PraetoriusのSyntagma musicumより)    17世紀の後半にサント・コロンブがバス・ド・ヴィオル(ヴィオルはヴィオラ・ダ・ガンバのフランス語名)に第7弦を追加してからというもの、それ以降はヴィオラ・ダ・ガンバ=7弦のバスと考えている人が少なくないようです。私が見聞した範囲だと、18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ曲には7弦のバスが必須と思っている方がいます。  結論から言うと、18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ音楽には7弦のバスは必須ではありません。マラン・マレやアントワーヌ・フォルクレなど7弦バスを駆使した名手が活躍したフランスにおいても、6弦の楽器は作られ続けましたし、工夫をすれば6弦で弾ける曲もあります。18世紀も進んでくると、ヴィオル自体が廃れ始めますが、興味深いことにこの時期にパルドッシュ・ド・ヴィオルというヴァイオリンと同じ高音が出せる小型の楽器が流行します。ルイ・ド・ケやデルヴロワ、バリエール、ボワモルティエなどの音楽家が多くの曲を書きました。また、パルドッシュでヴァイオリン曲を弾くということも行われていたようです。  ドイツでも7弦の楽器が作られ始めますが、同時に6弦バスも多く作られています。ドイツではシェンクやキューネルといった名手が活躍し、バッハやテレマンも曲を書いていますが、それらは必ずしも7弦を必要としません。例えば、有名なヨハン・セバスティアン・バッハの三つのソナタも、基本的には6弦で演奏可能です。  イギリスでもバスは6弦と7弦が作られたほか、興味深いことに、アルトやテナーといった小型の楽器も製作・販売されていました。18世紀にイギリスにやってきたキリスト教のモラヴィア教会派の一つモラヴィア兄弟団は、典礼の際に小型のシターンやヴァイオル(ヴィオラ・ダ・ガンバの英語名)を使った影響とされます。イギリスのヴァイオルというと、大小さまざまなサイズのヴァイオルによるヴァイオル・コンソートが知られますが、18世紀のイギリスでは既に廃れており、ヴァイオル・コンソートに関する出版物等も私が知る限りないようです。モラヴィア兄弟団の典礼音楽や、他の楽器の曲、あるいは即興的に弾かれたのかも知れません。バスに話を戻すと、ドイツ語圏から渡英したフィンガーやアーベル、アーベルの弟子たちといっ...