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スコット・ロスのCD

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Menerbes, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons  私が古楽に興味を持ったきっかけは、小学生の頃にたまたま目にしたTVの教育番組で、たしかリコーダーとハープシコードのために編曲されたバッハの管弦楽組曲だったように思う。その時弾かれていたハープシコードは特に装飾的な楽器ではなくて、今思えば現代用に規格化されたフレンチの楽器だったと思う。ピアノとは黒鍵と白鍵が逆なところ、音色はピアノのようにくどいところがなくてクールでありながら繊細なのがカッコよく感じた。  それから数年たった90年代初頭、あの時見た楽器の纏まった演奏を聴きたいとふと思い、中学生の時に買ったのが、仏エラートの廉価盤にあったスコット・ロスのバッハのCDだった。収録曲はイタリア協奏曲とフランス風序曲(パルティータ)など。特にバッハに興味がなく、値段が手頃なのと、ジャケットのロスのラフな格好に惹かれて買ったのだった。私は未だにバッハには愛着がないし、今でも別に好きな音楽家でもないが、イタリア協奏曲はギャランで明快な作品なので気に入っている曲だ。  ハープシコードの音色をひどく気に入った私は、その音楽に興味を持ち、当時なじみだったCDショップの顔見知りの店員さんに「バッハの曲みたいなやつは他にないか」と聞いたところ、「バッハより地味であんまり勧めないけれど...」と言って教えてくれたのが、D.スカルラッティのチェンバロ・ソナタの選集(これもエラートの廉価盤)だった。録音の雰囲気のせいもあるのだろうけれど、緊張感あふれる演奏と、バッハ以上に華やかで、簡単に言えば「カッコいい」音楽を聴いて「バッハなんかよりも全然いいじゃん!」と興奮しながら聴いていたものだ。  どうもガキの頃から既にバッハの音楽との相性が悪い兆候が出ていたのだろう、ロスが弾いた6つのパルティータは良くわからなかったし、ラモー(後述)やヘンデルの変奏曲を期待して聞いたゴルトベルク変奏曲はだるくて長たらしく、大いに肩透かしを食らった。平均律クラヴィーアなども世間で言うほど魅力的に感じず、「これはロスの演奏に問題があるのかも」と思って他の演奏者の録音も聞いたが、これと言って変わらなかった。音楽の勉強をした...

雑感_202607

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・ルネサンスフルートは吹いていて楽しい。ワンキーフルートとは違った良さがある。 ・18世紀前半のワンキーフルートの忠実なレプリカが欲しい。象牙を使っていないオリジナルのレプリカ。黒壇と銀のブレッサンとか。 ・テナーヴァイオルは国外だと良い中古があるが、梱包と輸送、税関に課題か。 ・艦これの夏イベが公式の言う通り「ややえぐい」という。 ・自分はHistorical且つDomesticな音楽が好きなのだなぁ。 ・本棚から溢れた本をあらかた売り払う。読まない本、いつ読むか分からない本、何で持っているのか分からない本を溜め込んでも仕方がない。 ・イングリッシュギターは相変わらず楽しい。 ・ヴァイオリンは弓で弾くということの「勝手」が分かると面白いが、しんどい楽器でもあるような。腕で構えて弾く分には良いが、顎で挟んで弾くと耳元が煩くてかなわない。 ・雑誌や情報誌、ある種のコミックや小説など、消費される情報としての本はどんどん電子書籍に移行している気がする。その先にある光景はどのようなものだろう。

バッサーノのフルート

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   最近、オーダーしていたルネサンスフルートが完成して手元に届きました。メーカーはカナダのヒストリカルフルートの専門家 Boaz Berney 氏。モデルは16世紀から17世紀のヴェネツィアやロンドンで活躍したバッサーノ(一族?)のものと思われるテナーフルートの忠実なコピー。  16世紀や17世紀の音楽に食指を広げるため…ではなくて、以前からキーがないフルートはどのような吹き心地なのか興味があって、思い切ってオーダーしたのでした。  完成してまだ間も無いので、まだほんの少ししか吹いていませんが、とても心地よい吹奏感で、柔らかく繊細な音が素敵です。

ヴァイオリン

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  著者所有のチャールズ&サミュエル・ トンプソンのヴァイオリン(イギリス、18世紀後半?)  いわゆるクラシカルヴァイオリンと呼ばれる楽器を10年前に入手し、時々弾き散らかして遊んでいたのですが、弓で弾く楽器の勝手が分からないので思うように弾けません。この「勝手が分からない」ということが独学の妨げにもなっていると感じ、他の楽器を一時弾く(吹く)のを止めて、楽器の扱いを学ぶため最近になってレッスンに足を運んでいます。  教材は18世紀のロンドンで出版された ジェミニアーニのヴァイオリン教本 です。同時期にドイツで出版されたL.モーツァルトの教本は有名ですが、私はドイツ語が読めません。イギリスにはジェミニアーニの教本があるのですから、18世紀イギリスの音楽(かつ、一般的な音楽愛好家を想定)に絞っている私のような人間には、わざわざ読む必要はない(当時のイギリスで出版された形跡もないし)でしょう。それに個人的にL.モーツァルトのやり方、例えば彼が推奨する楽器を顎で挟んで構える(身体のあちこちが痛くなるし、耳元で楽器が鳴るので煩くて仕方ない)のが合わないからでもあるのですが。  さて、ジェミニアーニは左手の運指について弓を使わずに行うよう書いています。音を出さないので音程の確認はできないのですが、これは実に良い。この楽器を始めた頃というものは、楽器の構えに左手の運指、右手の弓の扱いなどいろいろなことに気を使わないといけない。その状態でさらに音程がどうかということにも神経を回さなければいけませんが、余裕などありません。 弓を使わずに運指の練習。ジェミニアーニは「不愉快かもしれないが」と書いているが...  まずは、弓で開放弦だけ弾く、左手は弓を使わず押さえるだけ、右手と左手を使うのは少しだけで深入りしない...という感じ。レッスンは週一回一時間で換算すると2か月ちょっとの短期間です。目標はきらきら星やGot Save The Kingが弾けるくらいが目標です。楽しく、のんびりいきましょう。

譲ります/6弦ギター

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  6弦ギター(ロングマン?・1800年ころ、イギリス)/40万円(送料別)  メーカーの銘はありませんが、イギリスのロングマンのものと思われる6弦ギターです。6弦の楽器としては初期のものであり貴重。現状は通常のギターと同じ調弦にしてありますが、 この時期のギターは当時流行していたハープギターやハープリュート のようにオープンC調弦を施して、それらの曲を弾くことも行われました。 ブリッジには特徴的なムスターシュ。 フレットは象牙製、ヘッドにはペグ穴が8本開いています。ブリッジには穴が6個しかなく、交換された形跡がないので、元からそういう仕様だと思われます。  イギリスの6弦ギターといえばパノルモの楽器が有名ですが、パノルモとも、また19世紀のギターとも異なるキャラクターを持った楽器です。同時代のコフィンケース(※)とソルのギター教本のファクシミリを付属します。送料は実費となりますが、手渡しが可能な場合はサービスいたします。  興味のある方はブログの連絡フォームよりご連絡ください。 ※コフィンケースは経年変化のため傷や一部割れがありますが、楽器の保管には問題ありません。やや重く持ち手が小ぶりのため携帯には別途セミハードケースなどを用意したほうがいいかも知れません。 【注意】 オリジナルのアーリーギターのヘッドをマシン式に換装したり、フレットを打ち直したり、本体のニスを塗りなおすようなことを行われることがありますが、それらは本来不要な行為であり、貴重なオリジナルの要素を損なう(そして、損なわれたものは元通りにすることが実質的に不可能)ものです。オリジナルの古楽器は楽器であると同時に長い年月を耐え抜き現代に伝わった貴重な文化財であり、オーナーは責任をもって次世代に引き継ぐべきものであることを考えるなら、そのような行為は文化財の破壊行為であり厳に慎むべきことと考えます。そのため、本楽器はその点を十分に理解できる方にのみお譲りするものとします。

〇〇古楽=非古楽

  トラッド音楽やポピュラー音楽などの要素を取り入れて「○○古楽」を名乗ることがありますが、結論から申し上げれば、それらはすべて古楽ではない。古楽は当時の音楽がどのようなものであったかを探求し、当時のやり方で楽しむことです。○○古楽は、古楽器(と自称するもの)、あるいは18世紀以前の作品を扱うことを、その主張の拠り所としているように見えるが、それは根拠不十分であり、古楽を名乗る資格を全くもっていない、と断言できましょう。  古楽器を使っていれば古楽なのか?ここでは、楽器の仕様や、20世紀の作品も古楽の領域に入ることはとりあえず脇に置いておきましょう。古楽器は「その作品が書かれたか出版された時代の楽器」です。古楽器を使ってビートルズやジブリ、ディズニーなどのアニメ音楽、ゲーム音楽、新たに作曲された作品を「古楽器」で演奏する...現代の作品は言うまでもなく過去に書かれた作品ではありませんし、「新作」が例えば18世紀イタリアの仕様の楽器を想定して書いたとしても、古楽が過去の作品を対象とした探求ですから、その作品は現代の音楽(過去というのはどこまでを指しているのか、それは視点によって様々に考えることができますが、私はガット弦がまだ使われており、楽器の仕様や奏法が19世紀以前の名残がまだ強かったと思われる20世紀の第二次世界大戦前が最も新しい時代と考えます)でしょう。それに、単に古楽器を使ったからと言って古楽を名乗れることは不自然なことです。もともとクラシック音楽の楽器であったピアノでポップスやジャズを弾いたとしましょう。それはクラシックではありませんよね。ヴァイオリンやトランペットは?もちろん、それらはクラシックの楽器を使っただけでクラシックではありません。また別の例えになりますが、いわゆるクラシックの巨匠が演奏したバッハやモーツァルト、ベートーヴェンは「古楽」とは大体の場合みなされませんよね?それはあくまでもクラシック音楽です。  過去の音楽を古楽器以外で演奏した場合はどうなのでしょうか?ちょっと昔にはボカロ古楽というものがありました(今もあるのかもしれません)。音声合成技術を使って、例えばタリスやバードの合唱曲を打ち込んだものです。音声合成技術は当時の音楽や文化には全く関連性がありません。そもそも人が演奏していない。それは音声合成技術を使った音楽ジャンルに含まれ...

よい音

  モダン楽器に限らず古楽器でも、「良い音」が話題になることがあります。どういう音がよいのか、こういう音がいい、そういう音はよくない、などなど。演奏の評論でも「演奏はよかったが、楽器はよくない」と書かれたものを目にしたこともあります。しかし、おかしな話ですよね?多くの人は「当時の楽器を、当時の奏法とセッティングで、その時代の文化的背景や価値観を踏まえての演奏」の経験や知識が乏しいのに...  良し悪しを判断するには、対象を正しく理解していなければなりません。理解が十分でない場合に「あれはいい、これはよくない」と言うことは、それはただ「自分は好きだ、好きではない」と言っているに過ぎません。実際、ご本人は評価しているつもりでも、ただ自分の趣味に合わないかどうかということを言葉を変えて言っているだけ、ということが多いように感じます。  人によって趣味が異なるのですから、個人の趣味について異議を申し立ててもどうしようもありませんが、「(正しい知識と経験に基づいて)評価する」ことと「(知識と価値の内容に関係なく自分の価値観で)感想を言っている」ことは区別しなければなりません。もしある音楽や楽器について評価を下そうとするなら、評価する者は正しい知識と経験が十分に期待されているのですから、そこには責任も伴うでしょう。もし不当な評価を下したなら、誹謗中傷ではない限りにおいて、批判されることは免れないと思います。それは評価という行為に対して向けられる、つまり行為が問題になっているので、何も知らない子供でもなければプロかどうかも関係はないでしょう。  私たちは何事においても、何かと良し悪しを決めたがる傾向が少なくないように思います。同時に、自分がよいと思っているものをさらに良いものに見せるために、それを利用することすらあるのではないでしょうか(それは軽率であり、厳に慎まなければならないと思います)。そういうことをするのではなく、正しい知識と経験をゆっくり身に着けていき、音楽と楽しき関わりながら人生を謳歌することのほうが遥かに大切ではないでしょうか。  最後に、今と昔では価値観が違います。今の基準で判断するということ自体、実は誤った行為だと思います。古楽は現代とは違う価値観や美学に触れ、その違いに驚き、なるべく当時の価値観で理解して、それを楽しむということが大切だと思います。現代...