低音
コレッリのヴァイオリン・ソナタOP.5の表紙。通奏低音は「ハープシコード”または”ヴィオロンチェロ」と記載されている。(1740年頃のロンドンでジョン・ウォルシュが出版した版より。)
現在、17世紀や18世紀の室内楽曲を演奏する際、通奏低音はハープシコードやオルガンといった鍵盤楽器に、チェロやバス・ヴィオラ・ダ・ガンバ、ファゴットなどの低音旋律楽器を加えることは少なくないのではないでしょうか。そこにテオルボやアーチリュート、ギターなどの撥弦楽器を加えたり、鍵盤楽器を二台に増やしたり、ヴィオローネを入れたりする場合もあるようです。日本語版Wikipedhiaの通奏低音の記事には、「通奏低音の演奏には、オルガン、チェンバロなどの鍵盤楽器や、リュート(テオルボ)、ハープ、ギターなどの撥弦楽器といった和音の出せる楽器が用いられ、しばしばヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、ヴィオローネ、ファゴットなどの低音旋律楽器が併用される。」とあります。しかし、実際には低音旋律楽器が用いられるのは、規模が大きいアンサンブルなどで低音を補強するためくらいのもので、何らかの効果を狙ったものや、曲の構成上必要な場合(先ほどご紹介したWikipediaの通奏低音の記事にも「イギリスのP.ホールマンによれば「(17世紀初期の)ソナタでこれらの楽器が使われたのは、音楽がオブリガートのバス・パート(コンティヌオのバス・ラインより手がこんでいる)を含むときだったと思われる」という」とありますね)くらいで、大体は専用のパート譜が用意されていました。この記事にある画像は有名なコレッリのヴァイオリン・ソナタの当時の出版譜の表紙ですが、今日日(きょうび)この曲の通奏低音はハープシコードやオルガンのほかにヴィオロンチェロを加えて演奏することがままあります。実際は鍵盤楽器かヴィオロンチェロのどちらかだけで演奏する(イタリアの初版も「ヴィオローネ”または”チェンバロ」という指定)もので、イギリスのアンサンブル”トリオ・ヴェラチーニ”の演奏では、曲によって通奏低音はヴィオロンチェロだけ、ハープシコードだけで演奏し、ラ・フォリアでは、それぞれの楽器だけで通奏低音を弾いたものを収録しています。個人的な感想ですが、一つの楽器だけで通奏低音を弾くことで曲の構造、和声進行がクリアになり、曲の良さが最も感じられるのではないかと思います。
通奏低音は18世紀以前の音楽において音楽の要ですが、それは聴衆のためではなく、演奏者のためにあるもので、曲の構造を示し、演奏しやすくするためのものです。そのため、演奏者にさえ聴こえていれば、必ずしも聴衆に聴こえる必要は無かった(そもそも、当時の室内楽など小規模なアンサンブルはドメスティックというかプライベートで、自分たちが演奏して楽しむものでしたから、聴衆という存在はあまり問題にならないとも思います。)のかも知れません。また、和音はすべての音が鳴っている必要はなく、弾き手や聴き手が和声を感じることができればよかったので、音の数を増やす必要はありません。低音の旋律楽器はしばしば、他の声部を塗りつぶし損なう恐れもあります。まともな和声感がある人には、バス・ガンバやヴィオロンチェロの響きが強い低音は演奏の妨げになる時があり、声楽では歌を邪魔しかねないので、より慎重に扱われていたと思われます。少なくとも無条件に加えられる性質のものではなかった、と。しかし、現代の通奏低音は音響上の演奏効果として捉えられている節があり、より目立ち、より派手に「聴こえる」ようにするため、本来は不要な楽器(特に低音旋律楽器)を追加したり、悪目立ちするような演奏をすることがあるようです。
最近は楽譜の指示に従った楽器編成での演奏も見られるようにはなりました。弾き方も通奏低音本来の役割に適った弾き方が増えると良いのですが、一時期(今も?)流行った、歌舞伎の黒子が役者と競うように目立つ悪趣味な弾き方や、適切とはいえない不十分な演奏もまだまだあるようです。

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