演奏という行為を楽しむということ
古楽器に限らず、何か楽器を手に入れるとき、「あの曲を演奏したい」という目的があるかと思います。ハープシコードならJ.S.バッハ、13コースリュートはヴァイス、7弦のヴィオラ・ダ・ガンバはM.マレというように。それは何かしらの理由でよく知られた音楽家の曲であることが少なくないと思います。コンサートや録音で聴いたり、元々クラシックギターやピアノを弾いていて、編曲で馴染みがある...あの時見た(聞いた)楽器を弾いてみたい、この曲の本来の楽器で、という憧れの気持ちでしょうか(最近ではアニメやゲーム、映画などの影響でファンタジー(というかメルヘンチックな)雰囲気の音楽を求めて古楽器に興味がある場合もあるでしょうか、私には知性がないように思うし、なにより当時の音楽や楽器への敬意も感じられないので、ここでは問題外とします)。
さて、「憧れ」から古楽器を求め、実際それを足掛かりに長く古楽器と付き合う場合もありますが、私は十分に考えた方がいいように思っています。例に挙げたバッハやヴァイス、マレの作品は、音楽の知識と演奏の経験が相当ある上級者を対象に書かれています。ちょっとやそっとで演奏できるものではありません。先生に教わって、熱心に毎日何時間も練習すれば弾けるかも知れません(本当にいい先生は難しい曲を弾かせようとしないのですけれどもね)が、そういう演奏は楽譜に書かれた内容を追いかけるだけで、曲に含まれている良さを楽しむものではありません。「演奏した」というスポーツ的な達成感はあるのかも知れませんが、それは音楽経験豊富な愛好家を楽しませようと思って書いた作曲家に対して非常に失礼な行為、というか冒涜ではないでしょうか?だって「こういうところを楽しんでほしい」と工夫して書いたのに、それに気付きすらせずに弾き飛ばしてしまうのですから。
17世紀や18世紀(もちろんそれ以前以後も)に音楽を楽しんでいた層は音楽の素養があり教養がありました。貴族や裕福な市民ではなくても、教会で歌ったり、日常的に何か踊ったり歌ったり弾いたり吹いたりしていて、現代の日本人よりは音楽的な耳や頭を持っていたのだろうと思います。言い換えれば、音楽がもっと身近であって、生活の一部だった。そこらへんに置いてある楽器を手に取って、気に入った旋律を弾いたり歌ったり、あたかも読書のように楽しんでいたのではないかと思います。古楽器を楽しむということは単に弾くというのではなく、当時の人々のように音楽を楽しむ行為だと私は考えていますが、そのためには「楽しむための能力」を養う必要があります。楽譜が読めなければ曲を弾けませんし、和声が分からなければ音楽を理解することはできません。それらの初歩を、まずは学ばなければなりません(楽譜は音楽における文字であり、和声は文法のようなもの、と考えれば特別なことではないのです)。加えて、語学の勉強も必要です。最低でも英語は必須。古楽について優れた情報は英語で書かれたものが大半なのです。もちろん日本語で書かれたものもありますが、思い込みや間違いに基づいたものが少なくなく、質も量も英語などのそれと比べて劣ります。また、そういう情報は読者を誤解させたり混乱させるのです。歌を歌うのであれば、その歌詞の言葉を直接的に理解しないといけませんから、イタリア語で書かれていればイタリア語、フランス語で書かれていればフランス語、ラテン語で書かれていればラテン語を学ぶ必要がある(日本語の訳を挟むことは避けましょう。歌詞に対する反応が遅くなりますし、日本語にあって外国語にない、あるいはその逆の場合の言葉があったり、ニュアンスが違ったりするので、歌詞からかけ離れた解釈をしてしまう恐れがあります)わけですね。そういう勉強をできるか?ということも考えたほうがいいのです。
最後に、昔と現代では音楽や楽器の在り方が随分変わっています。その延長で古楽器を演奏しても楽しいものではありません。当時の人々はたくさん練習して発表会で披露したり、YouTubeで動画をアップする、ということはしていませんでした。社交的な目的などごく一部を除けば、もっぱら自分たちのために楽器を演奏していたので、楽器のセッティングは身体への負担が少なく快適、音量もうるさくありません。音色は修辞的で繊細、現代の楽器のような「クリアで均等」な音とは真逆の価値観です。当時の曲は、そういうことを前提に書かれていたのです。そういうことをやりたいのか、そうでないのかということも考える必要があるでしょう。実際、現代的な楽器と過酷な練習、派手な演奏が好きな被虐趣味?な人はいるもので、そういう人は古楽器よりも現代の楽器を演奏するほうが幸せだと思います。
ちなみに、私は元々ゲーム大好き人間で、音楽的な環境もなく、小学校のころに親から情操教育の名目で無理やりリコーダー教室に通わされて、そこで嫌々プラ管リコーダーをいい加減に吹いていたくらいしか音楽経験がありませんでした。音楽教室に2年か3年ほど通って和声や対位法の初歩を勉強したり、英語のレッスンを受けたりしました。今でも自分なりに勉強中ですが、これは死ぬまで続くでしょう。
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