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18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ

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様々なサイズのヴィオラ・ダ・ガンバ(Michael PraetoriusのSyntagma musicumより)    17世紀の後半にサント・コロンブがバス・ド・ヴィオル(ヴィオルはヴィオラ・ダ・ガンバのフランス語名)に第7弦を追加してからというもの、それ以降はヴィオラ・ダ・ガンバ=7弦のバスと考えている人が少なくないようです。私が見聞した範囲だと、18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ曲には7弦のバスが必須と思っている方がいます。  結論から言うと、18世紀のヴィオラ・ダ・ガンバ音楽には7弦のバスは必須ではありません。マラン・マレやアントワーヌ・フォルクレなど7弦バスを駆使した名手が活躍したフランスにおいても、6弦の楽器は作られ続けましたし、工夫をすれば6弦で弾ける曲もあります。18世紀も進んでくると、ヴィオル自体が廃れ始めますが、興味深いことにこの時期にパルドッシュ・ド・ヴィオルというヴァイオリンと同じ高音が出せる小型の楽器が流行します。ルイ・ド・ケやデルヴロワ、バリエール、ボワモルティエなどの音楽家が多くの曲を書きました。また、パルドッシュでヴァイオリン曲を弾くということも行われていたようです。  ドイツでも7弦の楽器が作られ始めますが、同時に6弦バスが多く作られています。ドイツではシェンクやキューネルといった名手が活躍し、バッハやテレマンも曲を書いていますが、それらは必ずしも7弦を必要としません。例えば、有名なヨハン・セバスティアン・バッハの三つのソナタも、基本的には6弦で演奏可能です。  イギリスでもバスは6弦と7弦が作られたほか、興味深いことに、アルトやテナーといった小型の楽器も製作・販売されていました。18世紀にイギリスにやってきたキリスト教のモラヴィア教会派の一つモラヴィア兄弟団は、典礼の際に小型のシターンやヴァイオル(ヴィオラ・ダ・ガンバの英語名)を使った影響とされます。イギリスのヴァイオルというと、大小さまざまなサイズのヴァイオルによるヴァイオル・コンソートが知られますが、18世紀のイギリスでは既に廃れており、ヴァイオル・コンソートに関する出版物等も私が知る限りないようなので、モラヴィア兄弟団の典礼音楽や、他の楽器の曲、あるいは即興的に弾かれたのかも知れません。バスに話を戻すと、ドイツ語圏から渡英したフィンガーやアーベル、アーベルの弟子たちとい...

演奏という行為を楽しむということ

  古楽器に限らず、何か楽器を手に入れるとき、「あの曲を演奏したい」という目的があるかと思います。ハープシコードならJ.S.バッハ、13コースリュートはヴァイス、7弦のヴィオラ・ダ・ガンバはM.マレというように。それは何かしらの理由でよく知られた音楽家の曲であることが少なくないと思います。コンサートや録音で聴いたり、元々クラシックギターやピアノを弾いていて、編曲で馴染みがある...あの時見た(聞いた)楽器を弾いてみたい、この曲の本来の楽器で、という憧れの気持ちでしょうか(最近ではアニメやゲーム、映画などの影響でファンタジー(というかメルヘンチックな)雰囲気の音楽を求めて古楽器に興味がある場合もあるでしょうか、私には知性がないように思うし、なにより当時の音楽や楽器への敬意も感じられないので、ここでは問題外とします)。  さて、「憧れ」から古楽器を求め、実際それを足掛かりに長く古楽器と付き合う場合もありますが、私は十分に考えた方がいいように思っています。例に挙げたバッハやヴァイス、マレの作品は、音楽の知識と演奏の経験が相当ある上級者を対象に書かれています。ちょっとやそっとで演奏できるものではありません。先生に教わって、熱心に毎日何時間も練習すれば弾けるかも知れません(本当にいい先生は難しい曲を弾かせようとしないのですけれどもね)が、そういう演奏は楽譜に書かれた内容を追いかけるだけで、曲に含まれている良さを楽しむものではありません。「演奏した」というスポーツ的な達成感はあるのかも知れませんが、それは音楽経験豊富な愛好家を楽しませようと思って書いた作曲家に対して非常に失礼な行為、というか冒涜ではないでしょうか?だって「こういうところを楽しんでほしい」と工夫して書いたのに、それに気付きすらせずに弾き飛ばしてしまうのですから。  17世紀や18世紀(もちろんそれ以前以後も)に音楽を楽しんでいた層は音楽の素養があり教養がありました。貴族や裕福な市民ではなくても、教会で歌ったり、日常的に何か踊ったり歌ったり弾いたり吹いたりしていて、現代の日本人よりは音楽的な耳や頭を持っていたのだろうと思います。言い換えれば、音楽がもっと身近であって、生活の一部だった。そこらへんに置いてある楽器を手に取って、気に入った旋律を弾いたり歌ったり、あたかも読書のように楽しんでいたのではないかと思い...

はじめまして

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  18世紀後半のイギリス音楽愛好家ジョージと申します。ブログを始めるのは三回目となりますが、初心に帰って書いていきたいと思います。画像は同居している男前な猫のゆうちゃ(女の子)。